King GnuがTVアニメ「呪術廻戦」第3期「死滅回遊」編のために書き下ろした楽曲「AIZO」。疾走感あふれるロックサウンドと、どこか和のテイストを感じさせる音色が合わさったこの曲は、混沌とした「死滅回遊」の世界観を見事に表しています。
今回は、この曲の歌詞とMVに込められた意味や登場キャラの元ネタ、そしてこの曲と呪術廻戦における禪院真希・真依姉妹との深い関わりについて読み解いていきます。
タイトル「AIZO」の意味と双子の関係性
LUV ME
HATE ME
LUV ME
KILL ME
愛憎愛憎渦巻いて 大東京狂騒歌って
廻れ廻れ時代の 生き恥にずぶ濡れで
愛憎愛憎を喰らって 参ろう大層な様で
離れ離れで終いよ 然らば又逢いましょう
タイトルの「AIZO」は、そのまま「愛憎」を表しています。愛と憎しみは切っても切れない関係であり、深く愛しているからこそ憎み、また憎みながらも愛を求めてしまうという、そうした複雑な感情を表しているのです。
真希・真依と歌詞の関連
この楽曲の主役とも言えるのが、禪院家の双子、真希と真依です。MVの冒頭に登場する二人の少女や、へその緒で繋がった二人の胎児の姿は、彼女たちを指していると考えられます。
呪術師の家系において双子は「凶兆」とされ、一人分の力を二人で分け合う「未完成」な存在として扱われます。このことから、歌詞にある「離れ離れで終いよ」というフレーズは、「姉妹(しまい)」と「終い(おしまい)」をかけた言葉になっているのです。二人が一緒でなければ意味がない、あるいは離れ離れになることが二人の物語の結末であることを予感させる歌詞になっています。
呪いの連鎖と死滅回遊
「愛憎」というテーマは、真希と真依だけでなく、殺し合いを強制される「死滅回遊」というゲームそのものにも当てはまります。
生き残るためには他人を蹴落とし、時には愛する者とも戦わなければならない状況。歌詞の「LUV ME(愛して)」「HATE ME(憎んで)」「KILL ME(殺して)」という叫びは、生き延びたいという思いと、他者との関係を求める欲求が同時に表れたものだと考えられます。
禪院家に生まれた2人が抱える葛藤
ドラマチックに溺れて 未完成な私を認めて
気休めのフィクション 嘘と真の不協和音
出来損な愛でも許して 構わない 此の舞台生き抜いて
咬ませ狗の武者震い(ハイテンション)
ヤラレっぱなしじゃ 大人しくはなれない
Aメロでは、自分自身の存在価値に対する問いかけと、現状への反抗心が歌われています。
禪院家における「落ちこぼれ」
「未完成な私」「出来損な愛(I=私)」という言葉は、呪力を持たない真希と、中途半端な呪力しか持たない真依が、実家である禪院家で受けてきた扱いを連想させます。
彼女たちは一族から落ちこぼれとして蔑まれ、理不尽な扱いに耐えてきました。「嘘と真(まこと)の不協和音」は、姉妹の名前(真希・真依)に「真」の文字が含まれていることともリンクしているように感じられます。
逆境からの反撃
しかし、歌詞はただ嘆いているだけではなく、「咬ませ狗の武者震い」「ヤラレっぱなしじゃ大人しくはなれない」という力強いフレーズからは、虐げられてきた者たちが牙を剥き、反撃を始める決意が感じられます。
これは、死滅回遊という理不尽なゲームに巻き込まれながらも、自身の運命を切り開こうとするキャラクターたちの姿勢そのものだと思いました。特に、全てを壊して前に進むことを選んだ真希の覚悟と重なります。
MVに登場するKing Gnuのメンバーの呪術廻戦の元ネタ
MVでは、King Gnuのメンバーがゲームキャラクターのような姿で登場し、激しい戦いを繰り広げています。これらの姿は、死滅回遊に登場する「泳者(プレイヤー)」たちをモチーフにしていると考えられます。
井口理の元ネタは黒沐死
ボーカルの井口理は、背中に羽が生えた昆虫のような姿、「ゴキナイトイグチ」として登場します。これは作中に登場する特級呪霊・黒沐死(くろうるし)が元ネタでしょう。ゴキブリを使役する呪霊であり、そのしぶとさと強烈なビジュアルは読者に強い印象を与えました。MV内で彼が天使のようなキャラクターと戯れたり、キスをするような描写があるのも、原作における乙骨憂太との戦いのオマージュと見れます。
勢喜遊の元ネタは石流龍
ドラムの勢喜遊は、巨大なリーゼントヘアでバイクを乗り回すキャラクターとして描かれています。これは、仙台結界で乙骨たちと激闘を繰り広げた石流龍(いしごおり りゅう)の特徴と一致します。彼がリーゼントからビームのようなものを発射するシーンは、石流の技「グラニテブラスト」そのものです。また、甘いものを食べるシーンも、「戦いをデザート(人生の楽しみ)とする」彼の価値観を表しているようです。
禪院家と白い服の集団
メンバーの周囲を取り囲み、無表情で手拍子を送る白い服の集団。彼らは口元を隠しており、禪院家の実働部隊「躯倶留隊(くくるたい)」を彷彿とさせます。彼らは命令に従うだけの存在であり、真希と真依を追い詰める「家」というシステムを表しているようにも見えます。また、その不気味な拍手は、過去のエピソードで理子の死を喜んだ盤星教の信者たちも連想させ、作品全体に漂う狂気を演出しています。
MVのラストシーンが意味するものとは
愛憎愛憎抱き合って 最高潮よ何時だって
騙し騙しで良いの 代償なんて気にしないよ
愛憎愛憎に足宛いて 外交愛想振り撒いて
万物問答無用で終いよ 然らば又逢いましょう
楽曲のクライマックス、MVでは衝撃的な展開が待っています。
片割れが武器に変わる悲劇
MVの終盤、双子の少女の一人が消え、残されたもう一人の手には棘のついたバットが握られています。これは、真依が自らの命と引き換えに呪具「釈魂刀(しゃっこんとう)」を作り出し、真希に託したエピソードを再現していると考えられます。
「代償なんて気にしないよ」という歌詞は、姉のためにすべてを捧げた真依の想いであり、「万物問答無用で終いよ」は、その想いを受け取り、全てを破壊する修羅となった真希の姿を表しているのでしょう。
繰り返される「ゲーム」の終わり
ラストシーンでは、ブラウン管テレビの前でハタキをかける母親らしき人物が映り、ゲーム画面(MVの世界)が乱れます。これは、私たちが熱狂しているこの「愛憎劇」すらも、誰か(上位の存在)にとっては、単なる暇つぶしのゲームに過ぎないという皮肉が込められているのかもしれません。
あるいは、現実世界に戻ることで「夢見心地で嘘みたい」な狂乱から覚め、再び「世情無常」な日常が続いていくことを示しているとも受け取れます。
「AIZO」は、作品のテーマである「愛という名の呪い」と、そこから生まれる悲劇と再生を見事に描き出した楽曲だと言えるでしょう。

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